ヨシエのなんちゃって闘病日記4.5 - やってからでは遅すぎる。
さて、闘病日記というタイトルで書き始めてはや2ヶ月。アサガオの観察日記のように症状の日々を書き綴る気は全くないので、読んだ本の紹介ばっかしてますが、今回もまた、本の紹介です。
症状として、時折、自殺願望が現れるようになった私。つい先日も、「そうだ、死のう」と考え、布団の中で「今、処方されてる薬で出来るんじゃ・・・」「あーでも今の分じゃ明らかに致死量じゃないよなあ、病院で貰ってくるか?」と具体的に案を出しながら、睡眠薬で眠りについた私。幸い、翌朝には、「いや、ちょっと待て」と思いとどまり、前回のブログで紹介した本に出会って考えを改めるようになったのだが、さらにその翌日、こんな本に出会った。
『自殺のコスト』(雨宮処凛 著 太田出版)
「死んでから後悔しても遅すぎる」という力強いメッセージが帯に書かれてあるこの本。様々な自殺方法を紹介(?)し、実際に行うとどうなるのか、どの程度で死ねるのか、死んだ後はどうなるのかなどが記述されている。例えば、私が実際に考えた薬物自殺の場合、以前処方された薬を7000個以上飲むのが致死量であることが、この本で分かった。7000個。数える段階で面倒くさっ、と諦めてしまいたくなる量である。そんな大量の薬を処方してもらえるわけもないし。そして致死量を飲んでも助かる場合もあれば、命は取り留めたものの、後遺症が残るという事態も起こりうる。
睡眠薬を大量に飲んで安らかに眠りにつくように死んでゆく、といイメージがあるが、薬物自殺の場合、大半がもがき苦しみ、のた打ち回りながらじわじわ死んでいく。毒物に至っては、飲んだ瞬間から地獄の苦しみがスタートし、耐え切れずに助けを求めた人もいたそうだ。薬物自殺が一番安易と思いきや、意外にも痛み、苦しみを伴い、成功率も極めて低い。他人に迷惑を掛けずひっそり死ぬつもりが、後遺症を残したまま生き延び、他人の世話にならざるを得ないという、本人からすれば最悪な結果を生む羽目になりかねないのだ。
他人に迷惑をこうむりかねない飛び降り、飛び込み自殺、ガス自殺なども、死体がどのようになるか、その後、周りにどう影響を及ぼすかなども詳しく書かれていて、全部読みきった後に、
「こりゃ、死ねん」
と思い直すこと間違いなし。どんな方法であろうが、成功しようが失敗しようが、苦しいし、死体は悲惨なものだし、何らかの形で周りに迷惑を掛ける。それが、自殺。自殺はいけないものだ、ということを、倫理観からではなく、現実的な視点で、冷静に捉えることができる一冊です。
手放しで「お勧めです」という気はないが、知っていて損ではない事実が書かれています。私のように、ちょっと自分、やばいな、と感じてしまったら、思い止めるための手段として手にとってみるのもいいかもしれません。
なお、この本。古本屋で安く手に入らないかと探してみたが、どのジャンルにあたるのかが分からず苦労しました。ちなみに私が購入した本屋では、サブカルチャーの棚にありました。
次回は、楽しい本を紹介しようと思います。平松洋子あたりを。欲しい文庫を買おうかどうか検討中。では。







